[asin:434498045X:title=ゲームニクスとは何か―日本発、世界基準のものづくり法則]

ゲームニクスとは何か―日本発、世界基準のものづくり法則 (幻冬舎新書)

CEDEC でのラウンドテーブルも好評だったらしいサイトウ・アキヒロさんの「ゲームニクス」本を読了しました。「ゲームニクス理論」は、日本の家庭用テレビゲームの開発現場で育まれたユーザへのもてなしのノウハウを体系化する試みです。サイトウさんは現在は立命館大学の教授としての立場もお持ちですが、この本では、ファミコン時代からのゲーム開発者としての経験に基づいた、地に足の付いた内容を書かれています。読んでいて(頓珍漢なことが書いていないと)安心できる書籍でした。

ゲームニクス理論をもう少し詳細に説明すると、テレビゲームの開発で密かに使われているノウハウのうち、大きく分けて次の2つの目的の技術を体系化しようとする試みです。まず、マニュアルを読まなくても直感的に操作ができること。これには、ヘルプの出し方や画面デザイン、そしてボタンへの一貫した操作の割り当てなどが含まれます。2つめは、難しいことでも投げ出されず、自然に段階的に学習できるようにすること。チュートリアルの技術や、段階的な目標設定、そして全体的なテンポと操作していて感じるリズム、適度なストレスと解放などが含まれます。

本書は啓蒙書的な位置づけとなっているようで、主にゲーム業界以外の方に対して、ゲームニクスの概要とその有用性を説く内容になっています。確かに、情報家電や情報端末のUIはひどいものばかりですので、ぜひゲームニクス理論が広まっていって欲しいものです。ゲームを作る人間には当たり前のことが、家電の分野ではあまりにも重要視されていないことが多すぎますよね。携帯電話に、いつでも1階層上に戻れる統一されたキャンセルボタンが付くことや、情報家電にせめて30fpsくらいで反応できるだけのリアルタイム性を持ったプロセッサが積まれることを願ってなりません。

UI などの「購入前のユーザへの差別化にならない要素」は低コストで、というのが家電業界の伝統的なコスト感覚のようです。うーん。安定した顧客を作るには、プレイ体験ならぬ操作体験を良くするというのも大事だと思うんですが。とはいえ、シナリオやゲーム性よりもグラフィックスを偏重する人がまだまだ多いゲーム業界も、似たようなものといってしまえばそうかもしれませんね(^^;

啓蒙書である以上、あまりゲームニクス理論の各論に踏み込んでいないのが残念なところです。EC2006 などでゲームニクス理論について拝聴する機会がありましたが、「ボタンの信頼性」や「操作の心地よさ」などの話は、現場の人間にとっても、すとんと納得のいく話でした。本書にも書かれているとおり、創作的な活動とある程度分離可能な「ゲームを作るうえでの"基本"としての技術」に関しては、形式知として書き出すことは可能でしょう。特に新人に基本的な考え方を学んでもらうにはとても有用な教材となるのではないかと期待しています。

ただ、最終的に「理論」と呼べるほどの大きな体系になるのか、教科書の一章を占めるくらいのノウハウ集になるのかは分かりませんが……。

また、少し気になった点としまして、教育現場へのゲームニクスの適用について触れている部分で、クラス内の活性化にオンラインゲームの「ユーザーコミュニティの活性化」のノウハウが適用できる、といった議論があります。しかし、ファミコン時代から積み上げてきた UI 周りや段階的学習のノウハウと比べて、コミュニティに関するノウハウはここ数年のまだまだ発展途上のものですし、より社会性の強い、質的に大きく異なるトピックです。混ぜて語ると、ゲームニクス理論の方向性をぶれさせかねず、危険な香りがします。コミュニティマネジメントに関しては、コンピュータが必要ない話題なだけに、企業運営など、もっと以前から深く試行錯誤されてきた分野もありそうな気がします。むしろ、ゲーム業界が他の分野から学んでいかないといけない分野ではないでしょうか。

なお、ゲーム開発に生かせる「ゲームニクス理論」を知りたい場合は、同時期に出版された「ニンテンドーDSが売れる理由―ゲームニクスでインターフェースが変わる」のほうが実例も抱負でより実践的だという噂です。僕も買わないと。いつか「ゲームニクス理論」の体系だった教科書が出版されるのも、楽しみにしております。