Win「君と彼女と彼女の恋。」ニトロプラス

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随時追記する予定ですが、クリア直後の感想を残しておきたいと思ったので。

こういうタイトルに出会うために、このブログを書いていた気がします。ADV の文脈を踏まえた上で、ADV の固定化された枠をはみ出すタイトル。ADV と ARG の融合の一つのカタチ。それがこの「ととの」です。

以下、ネタバレばかり。正直、未プレイな方は、ネタバレに触れずにプレイした方がよいと強くオススメします。

登場人物が突如プレイヤーの方を向いて語り出す、というアイデアは実は私のネタ帳にもありまして、ADVをARGに踏み出すにはこれが一つの道だろうと考えていました。今作ではそうしたメタフィクションの構造を一発ネタで終わらせず、既存のADVの文脈を罠とし、丁寧にプレイヤーを導いてどこにも逃げられないようにした上で仕掛けが発動するという、極めて周到な構成が本当に素晴らしいです。

また、セーブもロードもできず、全ての行動が記録されるアドベンチャーゲームというのも、アドベンチャーゲームに時間の非可逆性を持ち込み、選択の重みを増させるということで、ARG的に体験の重さを増す効果的な手法なのですが、既存のADVユーザが怒り出しかねないので、なかなか実践できるものではありません。それを今作では物語上の必然として平気で提示してくる肝の太さにもしびれます。しかも、ループしつつもどの行動が記録されているか分からないという構造は一つの発明で、異様な緊張感をもってプレイすることができました。

ランダム生成されたヒロインの嗜好を答えさせられる場面や、最後の電話番号を算出するための計算で、ひとりひとりが違う答えに辿り着くようになっている点も、攻略サイトを頼るのではなく、自分の体験としてこの物語と向き合うべしというメッセージでしょう。セーブデータを巻き戻さずにプレイしようと心に決めていたため、三択の連続で胃が痛くなりながら悩み、ギリギリ1回でパスできた瞬間の嬉しさや、アオイを呼び戻せたときの喜びは、忘れられない自分だけの体験になったかと思います。

消費するコンテンツではなく、自分の体験として刻み込まれるコンテンツの、ひとつの作り方を示したのが、この作品ではないかと、私はそう考えています。

もっとも、ADV というフォーマットに則っているために生じている制約もあります。特に、プレイヤーを罠にかける流れは、ADV の皮を被っているから成立するもので、プレイヤーの本当の自由意志を尊重しておらず、ずるいと言わざるを得ません。その後も、ADV の文脈にどこまで従い、どこから新しい遊びとして判断すべきなのかを、制作者の意図を読みながら遊ぶような所があったのも事実です。

ただ、ADV の皮を被っているからこそ、その流通に載せられるのですし、マネタイズもできるわけで、難しい所ですね。ARG をどうマネタイズできるのかいつも悩んでいるので、ADV に寄せられるうらやましさを感じます。

ともあれ、ゲームソフトの形態をした ARG(もしくは体験を提供する娯楽)の形としては、まだまだ様々なバリエーションがありえると思っています。ただし、それらの中でも今作は出色のできであることは間違いありませんし、最後までぶれずにこのコンテンツを作り上げた制作者にはただただ賛辞を送ることしかできません。

エンディング後にシーン回想やオープニングムービー、そして、何よりタイトルを見て、ここまで細部まで拘って作れる環境であったことをたいへんうらやましく思いました。本当に、こういうタイトルを創りたいものです。