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「おもしろい」のゲームデザイン

「おもしろい」のゲームデザイン ―楽しいゲームを作る理論
(この記事は2006/1/12に書かれたものです)

UltimaOnline のゲームデザインなどでその道では有名な Raph Koster 氏による書籍です。正月に届いたのをようやく読み終わりました。

内容の話に入る前に、これだけは主張しておきます。この本は和訳がひどい!!
直訳風のぎこちなさではないのですが、あきらかに文脈から考えて前後と繋がらない文章が頻繁に出てくるため、たいへん混乱します。自分の理解力が足りないだけではないかとも疑いましたが、何度読み返しても繋がらない部分が多数あります。その上、単純な誤変換などもしばしば見かけ、編集者など第三者のレビューがきちんと入っているのかと首をかしげたくなる状況でした。オライリーの本でここまでひどいのは初めてかもしれません。

ただ、翻訳が困難であったことも確かでしょう。Koster 氏がゲームを語る中で、NP 困難といった計算量解析の話から、認知神経科学、心理学、芸術理論、哲学、といった極めて広範囲な分野のキーワードが走馬燈のように現れては消えていきます。その上、ウィットに富んだひねった文章を好んでいる様子も見て取れ、翻訳にあたっては内容理解になみなみならぬ努力が必要だったことを忍ばせます。翻訳が出たことだけでもありがたいと思わないといけないのかもしれません。

以下、自分が忘れてしまった時のために、概略をメモしておきます。

前述したとおり、この本には広範な視点からゲームを分析していますが、Koster 氏の全体を通したユニークな仮説は、「ゲームのおもしろさとは、それが内包するパターンを脳が学ぶことにある」というものです。脳は生きていく間、常に新しいパターンを貪欲に吸収したがっているものであり、ゲームはその飢えた脳に適度なパターンを供給しているという点で、本質的におもしろいのである、という説です。

このことから、味付けとして付いている設定や外見などではなく、内包するパターンこそがゲームの本質である、と主張します。ゲームデザイナーとは、新しいパターンをユーザに提供する存在、ということになります。

ここで、例えとして数学の文章題が挙げられています。数学の文章題における文章の意義とは、ひとつは設定の中から数学的なパターンを抽出する訓練をするためであり、もう一つはその数学のパターンが現実で活用される状況の例示となっている、というのです。この、数学の文章題と、飾りをまとったゲームとを比較した説明にはなるほどと納得しました。

また、成功したゲームの分析として、以下の構造があるという分析も述べています。1.「準備」挑戦を行う前に成功確率に影響を与えられるような何らかの準備を行うことができること。デッキの構築など。 2.「空間の感覚」フィールドの空間・ゲームの盤面・プレイヤー間の相互関係など。3.「中核となる堅牢な仕組み」真に興味深いルールの集まり。洗練された少数のルールからできていることが望ましい。4.「挑戦の範囲」ルールの枠内で処理されつつ、状況に変化をもたらすもの。敵など。(誤訳なのか意味が取れません)5.「課題の解決に必要な能力の範囲」プレイヤーに可能な選択肢の幅、でしょうか……。6.「能力を使いこなすのに必要な技術」プレイヤーがクリアするために必要とされる技術。資源管理・タイミング管理・操作の正確性・注意力など。

他にもいろいろ述べた後、後半では芸術論が展開されます。ゲームの本質はそれの中核となる抽象化されたパターンですが、それだけでは芸術作品としてのゲームは成立しない、と述べます。ユーザは抽象化されたパターンを遊んでいるわけではなく、あくまでも全体の遊び心地で出来を判断するのです。外を飾り立てるだけでは中のパターンをよくすることはできない、とは釘を刺しつつも、ゲームは全体で一つの芸術なのである、と語ります。

音楽や文学などとも比較し、ゲームは立派な芸術の一つである、と説いていきますが、なかなか僕では理解がついていきません。ただ、ゲームは芸術の一つであるのだから、原始的な力の論理を振りかざすものだけでなく、もっと人間の内面を反映する微妙な何かを主題としたものも創っていくべきであるという主張は繰り返されます。

そして、Koster 氏は最後に強く主張します。ゲームは芸術である。人を動かす力を持っている。ゲーム制作者は、自分たちが価値のあるものを創っていることを知り、その影響力を理解し、社会的責任を自覚した上で誠意を持って活動しなくてはならない、と。


さて、読了後の感想です。翻訳の問題だけでなく、原書からそうだったのだと思いますが、論点が流れるようにずれていく感じがあり、統一した流れとしてはなんだかいまいちしっくりとは入ってきませんでした。仮説(こうであろう)と思想(こうあるべきだ)が入り混じって書かれているのにも気をつけないといけませんね。

しかし、この本の中心となる「ゲームのおもしろさはパターン学習にある」という切り口は非常に興味深く、新しい視点として勉強になりました。もちろん、既存のゲームのおもしろさの中には、本能的な気持ちよさなども含まれているわけで、全てがパターン学習のおもしろさというわけではないと僕は思っています。Koster さんが理想とするゲームの面白さはこっちですよ、という意見だと理解すべきでしょう。

また、脚注も含めて、ゲームデザインの周辺のことについて非常に様々なことが書かれているのも特徴です。(跳躍時間は約0.7秒くらいが気持ちいいそうです。)各項目を掘り下げて書いてあるわけではないのですが、ゲーム研究をしてみたいと思っている方には、新たな切り口を知るいいきっかけになるのではないでしょうか。

しかし、できればもう少し和訳を校正した段階で出版して欲しかったというのが偽らざる気持ちですね……。